日別アーカイブ: 2000-06-23

久里浜だより27

■今朝は5時前から起きていて一日中どーも頭がすっきりしませんでした。時間切れなので朝5時からレポートの原稿をまとめました。空は曇っていました。なんとか原稿が形となって、午後の研究協議で検討も終わりました。この土日で仕上げて月曜日から最終チェックです。
■夕方はブック・セラピーと称して本屋で立ち読みをしました。ずーっと立ち読みをしているとだんだん頭が冴えてきます。単に血が下がって頭が軽くなっただけなんですけど、そんなときにけっこうおもしろい本と出会います。今日はオリヴァー・サックスの『レナードの朝』(ハヤカワ文庫 2000.4 \980)です。映画では知っていましたが原作を手にするのは初めてです。(この文庫版は新約版です。)普通、映画は原作のごく一部しか映画化されません。『レナードの朝』も例外ではなく、その文庫本は厚さ2.5cm、解説も入れると661ページもあります。映画はレナードという患者一人のストーリーでしたが、原作は20もの症例の記述があり、前後にくわしい医学的な考察があります。
■この忙しいときになんでこんな分厚い本を買ったのかというと、パラパラと見ていて「カオス」という言葉があったこと、目覚めたときの患者の言葉が興味深かったこと、そして患者についての叙述に心を打たれたからです。
■患者は嗜眠性脳炎という病気のために何十年も眠り続けて、1969年、ある薬によって目覚めて徐々に生活を取り戻していきます。眠り続けるといっても同じ姿勢をとり続けることで、その薬には副作用があります。
■作者のオリヴァー・サックスは精神科医です。彼が患者を見つめるまなざしに深い感銘を感じます。読んでいると活字の中から患者が目に見えるようであり、また、一人一人の患者と共感しあう何かを感じます。深い愛情といえるかも知れませんがそれはものたりない表現です。
■そんな本と出会って心を打たれた今日の自分は、午前中の講義で同じような感覚を味わったからだと思います。
■吉備国際大学教授の小林重雄先生の『自閉症児の特性と対応』の講義で、私は、自閉症の人たちの感じ方を実感した思いがしました。内容は行動療法なので「うーん」と感じる方もあろうかと思いますが、小林先生の自閉症の感じ方の話はたいへんわかりやすいものでした。
■自閉症だから視線が合わないのではない。見たいものはちゃんと見る。視線を合わせたくないから合わさない。誰かと視線を合わすことは強すぎる刺激だから避ける。赤ちゃんはお腹がすくとかオムツが濡れて気持ち悪いという生理的な要求から泣いたり、また、相手してほしいと泣く。ところが自閉症の赤ちゃんは生理的要求では泣くが、余分な刺激はいらないからそれ以外のときは泣かない。誰かの顔が近づくなんておそろしい刺激だから誰かが近づくようなことはしない。(中には縦揺れを好む自閉症の子もいて抱いて揺すってほしいと泣く子もいるようです。)自分を守るために刺激を避ける。そのために人とのかかわりが少なくなって社会性の発達にマイナスになる。
■こんな話をまるで自閉症の人の心の声のように話をされるものだから聴き入ってしまいました。誰かのことがわかるとか理解するとか、一体どういうことなのだろうと考えてしまいました。障害を言葉や理論でとらえることは大事です。でも、どこまで障害がある身の上(どうもへんな表現だな…)に近づけるというのだろう。
■『レナードの朝』の「付録7《レナードの朝》の演劇と映画」はそのあたりのことについてたいへん示唆に富むエピソードをいくつか取り上げています。レナードを演じたロバート・デ・ニーロはもちろんのこと、『レインマン』で自閉症患者を演じたダスティン・ホフマンも次のようなエピソードで取り上げられています。
■「何年か前、ダスティン・ホフマンが私を訪ねてきた。彼はそのとき、映画《レインマン》のために調べ物をしていたのだ。そこで私が担当していた自閉症患者を訪ね、その後植物園を散歩した。私は映画監督と話をしながら歩き、ダスティンは数ヤード後ろを一人で歩いていた。突然、私は患者の声を聞いたような気がした。びっくりして振り返ると、そこにいたのはダスティンだった。彼は先ほど会った若い自閉症の男のことを、体を使いながら考えていたのだった。」(『レナードの朝』P.636)
■「体を使いながら考えていた」というくだりは、私たちのグループが進めている研究協議の「体が動けば心も開く」という考え方に通じるところがあります。通じるというよりそのものかな。
■ロッキングをしている自閉症の子どものロッキングのリズムに合わせて自分もロッキングをしてアプローチしていくという小林先生の話は、音楽療法も似た手法なんですけど、俳優が役になりきるときの手法そのものだと思いました。自閉症の子どもへのアプローチは他の方法もありますが、これも「人間存在の根源をなすものについての示唆を与えてくれる興味深い障害」(石川知子2000)だということを目に見える形として教えてくれるエピソードだと思いました。
■ウイスキーのロックを飲みながらこんなこと書いていると頭はカオスそのものです。シラフで読んでくださったあなた、ごめんなさい。