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菰野ピアノ歴史館のピアノとグリモーの「皇帝」

誰でも特別な意味をもつ曲があると思っています。私も何曲かあります。そのなかの1曲がベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」です。この曲は曲者で何かの拍子にふと思い出すとしばらく頭のなかで鳴り続けます。今回はちょっと長めで1週間超になります。そもそものきっかけは菰野ピアノ歴史館でベートーヴェン時代のグランドピアノと出会ったことにあります。そのピアノはちょうど調律の途中で調律師からベートーヴェン時代等々の説明をしていただきました。フレームは木製、ピアノ線を留めるピンは木に打ち込んであるだけというもので、音は小さく柔らかくて筐体とも弱々しく思いました。「これで「皇帝」を弾いていたのですか?」と尋ねてしまいました。それからというもの私の「皇帝」を探してやっと見つけたのはエレーヌ・グリモーの演奏でした。「皇帝」の名盤とされる演奏は知らないでもなかったのですが、今の私が求めるものとはちょっとちがうと思っていました。エレーヌ・グリモーの演奏はウラディーミル・ユロフスキ指揮ドレスデン国立管弦楽団(シュターツカペレ・ドレスデン)です。グリモーのピアノがとにかく力強くダイナミックでCDの帯にあるようにこの曲の「野性的」な面を押し出しています。テンポも音もグリモーが自分で作りだしているような自由さが感じられます。とにかく明晰さが感じられます。面白い。音響的というか物理的な抜き出し感もある。オーケストラも同じベクトルで走る。ベートーヴェンもこんな演奏を思い描きながら作曲したのではないだろうかとさえ考えてしまいます。菰野ピアノ歴史館のベートーヴェン時代のピアノでは絶対に聴けないし今の私は聴きたくもありません。グリモーの「皇帝」をベートーヴェンの墓前で大音響で流したいと思う。

「皇帝」についてはかつてこのブログで取り上げています。2009年3月なので13年前の記事です。一部をコピペします。

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「河上徹太郎のベートーヴェン」
NHKのドラマ「白州次郎」第2回に河上徹太郎が登場します。東京の空襲で焼けだされた河上徹太郎が鶴川の白州邸に居候しているとき、彼がおもちゃのピアノでベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第2楽章のラスト2小節から第3楽章の冒頭を弾いて白州次郎の家族が聴き入るシーンがあります。こういうシーンに私はめっぽう弱い。至高の芸術は何が大切なのかを教えてくれる。太平洋戦争末期、おもちゃのピアノのベートーヴェンに農作業の手を止めて聴き入る白州次郎と正子、大根を洗う子どもたちの笑顔はひとときの輝きと戦争の愚かさを同時に表しているように思います。逆境のときふれる至高の芸術は何ものにも換え難い支えだ。白州邸の縁側に寝そべって「ピアノが弾きてえ」と右手の指を腹の上で鍵盤をなぞるように動かすシーンも「わかるわかる」とうなずいてしまいました。これこそフィクションだと思いますが許そうというものです。ただ、河上徹太郎がピアノ弾きであったことだけは事実と思いたい。
(中略)
この曲で忘れられないのは市民オーケストラの練習での出来事です。ピアニストが冒頭のカデンツ風のパッセージに続くEフラットの和音をフォルテッシモで鳴らしたとき、そのピアノの調律のずれが目に見えるほどの鮮明さでわかったのです。それは唖然とするほどで、私はプロのピアニストの技量に驚くばかりでした。「皇帝」を聴くたびに思い出す出来事です。
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ところで菰野ピアノ歴史館は古いピアノを集めて修復して演奏可能となってものを展示して1コインをプラスすれば弾くこともできます。古い楽器はいろんなところで見る機会がありましたが手を触れたり音を出したりすることができる状態で見るのは初めてでした。また、修復中や修復を待つピアノがあるバックヤードも見せていただきました。どちらかというと修復前のピアノの方がメッセージをたくさん発しているようでした。「このほこりは200年前のロンドンのほこりかもしれません」という調律師の説明は耳から離れません。いつかほこりがかかったままで写真に撮りたいと思いました。

登山靴の話

先日、県境の山でテント泊をしてきました。荷物はそれなりの重さでしたが折からの睡眠不足なのか熱中症なのかすぐに息が上がって休み休みの山行となってしまいました。途中から常に意識がはっきりしないというのかけっこう堪えました。それでも歩けるし登れるというのは一体どういうことかとかえって不思議ですらありました。初めて使った60+10の大型のリュックは荷物を詰めるとフィッティングが難しくて背面長を何度か変えながらテント場を目指しました。夕食はおにぎりは喉を通らず、カップスープとゼリー、しばらくして素焼きアーモンドを食べました。しばらく眠ると体調が戻って外に出ると空もガスはほとんどなくなって満月と星、遠くの街の光が美しい夜になっていました。翌日の下山は沢伝いのルートで距離は短かったものの今から思い返すと足場が悪くかなり危険なルートでした。行程をかいつまんで書きましたが今回の山行のいちばんの出来事は登山靴の金具が1個外れたことでした。帰宅して靴を洗ってオイルを塗り込んでいたときにちょうど中央の位置にある金具が飛び出していて触れたらぽろりと抜け落ちたのです。よくぞ山で外れなかったものです。

この登山靴は本格的なものとしては2足目です。1枚のヌバックレザーで作られていて履き込むほどに足にフィットしてきます。春夏秋のスリーシーズンはもちろん積雪が少ない冬山もウールのソックスとアイゼンを使うことでカバーすることができます。地形を問わないオールマイティさが心強いし、何よりもこの靴に足を入れてシューレ―スをしっかり締めるとそれだけで全身の姿勢がビシッと決まって心もちも登山モードに切り替わるのです。それだけに金具がぽろりと外れたのはショックでしたが他の靴は考えられず、今日、修理に出しに行ったときに同じモデルをもう1足調達してきました。ちょうどモデルの切り替わり時期でアウトレット価格だったのはラッキーでした。明日からリフレッシュ休暇に入るのでじっくりオイルを塗り込みたいと思っています。ちなみに留め金の修理は6週間を要するとのことで戻ってくるのは9月末になります。