学校と心のケア

今朝の朝日新聞、「be on Saturday」の4面の「Be report」は「多彩な障害者像、テレビ・映画に」「日常を笑い飛ばす」という見出しで、全文を紹介したいところですがそれは著作権上できないのでどこかでぜひ読んでいただければと思います。特別支援学校で障がいのある子どもたちと毎日をともに過ごした私にとっては意を得たりの記事でした。特別支援学校ではごく当たり前の毎日で、この記事にもあるような「可哀想、大変、頑張る・・・」という一面的なとらえではありません。子どもたち一人ひとりの“課題”を十分理解したうえで、ともにあることの在り様をリアルタイムで考えながら同じ時間を過ごすこと、それが特別支援教育に携わる教員の専門性の根幹であると考えます。日常をともに過ごし、いっしょに笑ったり、困ったり、驚いたりなど、ともに感じること(間主観性)です。昨日、東日本大震災で避難所となった特別支援学校の教員の対応について、被災者への心のケアで強みを発揮していると聞いたばかりです。避難所となった特別支援学校の教員はごく当たり前のことをしただけなのだと思いますが、それが被災者にとってはケアになり得たということだと思います。誰がどんな状況におかれてもいっしょに居る人がいるということ、まず、ともに感じるということ(間主観性)、どうしようか考えようという人がいるとうこと、それはケアに他ならない。東日本大震災ではこの他にも学校の教員のケアにかかわる活動がメディアに取り上げられています。学校再開で伝えられる子どもたちと支える教員たちの姿に心の中でエールを送っています。

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