日別アーカイブ: 2005-03-11

遠い日の記憶

■勤務校の養護学校の卒業式がありました。今年は卒業生のクラスなので感慨もひとしおです。先日、そのお子さんのこの1年の学校生活のスナップ写真を80枚選んでネットプリントに送信しました。小学部のお子さんの成長のなんと早いこと! 1学期の写真の顔がすごく幼く思えます。成長は顔だけではありません。そのお子さんとの授業は私は週1時間だけで行事などで抜けることもありましたが学習そのものだけでなくノイズ=余剰性への対応もどんどんうまくなっていくことを実感しました。子どもの1日1日1時間1時間のなんと大切なことか!
■また、そのお子さんは私の音楽観のステップアップをしてくれました。私の中でいまひとつはっきりしていなかった音楽の三要素(リズム、メロディ、ハーモニー)のプリミティブな優先順位をはっきり私に教えてくれました。いちばん大事な要素はリズムということです。そのお子さんはビートがはっきりした音楽がお気に入りでした。私のピアノのスタイルも変わりました。ビートをはっきりさせる弾き方です。ビートは心臓の鼓動に直接響くもの。脳の時間の刻みに直接作用するもの。そして、リズム=時の区切りは相互作用を成立させ得るもの。つまり、外界とのコミュニケーションを成立させ得るものだということです。あなたとわたし、という相互の繰り返しを明確化します。コミュニケーションは時間の経過があって成立し得るものです。四次元のパラダイムがそこにある。自閉症スペクトラム障害の人たちが苦手とするのは時間の流れの把握です。音楽は時間の流れを意図的に操作する側面があります。この時間の流れを意図的に操作する音楽のとらえ方のキーワードが「身体で聴く音楽」です。この冬休みに勤務先の養護学校で行った音楽療法の自主勉強会のキーワードです。このことについてはまた書きたいと思います。
■学校生活のスナップ写真はキヤノンのEOS D30で撮っています。セレクトした80枚の仕上がりを見るとすごくきれいです。これはFUJIFILMのカラーマネジメントのノウハウの結果ですが、D30の元データのクオリティがあってこそ出る結果だと思っています。PCのモニタで見るとなんだかぼやけた印象ですが、CANONのEFレンズのクオリティが元データの可塑性を支えています。雨後の竹の子のようなデジカメ市場が一段落した今、元気印なのはやはりレンズのノウハウがあるメーカーに絞られてきています。写真を知る者が生き延びるということでしょう。私はFUJIFILMのレタッチのノウハウが欲しい。FUJIFILMの底力はすごいものだと思う。そして、D30の底力もすごいものがあると思っています。露出は迷いっぱなしですが・・・(*_*)
■2月27日の音楽療法ネットーワーク三重の講習会「音楽療法士に必要な精神医学」(三重大学教育学部教授大谷正人さん)で知った統合失調症(精神分裂病)、そして、クライエントとの距離のとり方と、ドクター(セラピスト)自身の自己の精神のとらえのことをよく思い出しては考えています。これまで私は人を発達障害を軸に考え過ぎてはいなかったか! 精神というもののとらえの認識があまりに少なかったように思って反省するばかり。教育界の“弱み”といえるかも知れません。そもそも精神とは何なのか? 私の思索の旅は続く。
■夜、聴きたくなって探したグールドのバッハのCD。まるで語り部のようにピアノが語る。それは遠い日の記憶だ。遠い日の記憶とはインナーチャイルドなのだろうか・・・