ポコ・ア・ポコ・サマーセッションを終えて

■残暑は厳しいものの空はすっかり秋の色となりましたね。今日で8月が終わります。ポコ・ア・ポコ・サマーセッションも昨日で終わりました。
■ポコ・ア・ポコ・サマーセッションは見切り発車の部分が多かったのですが、たくさんの人に助けていただいてなんとか予定の17回と地域のサークルでの1回の計18回のセッションを終えることができました。会場を提供していただいた松阪福祉会館と橋西地区民センター、お子さんを参加させてくださったみなさん、応援に来ていただいた方々、バルーンなどを貸していただいた勤務校、みなさまに感謝しています。
■今回、計画から会場の確保、保護者への説明、機材の準備、セッションの進行などマネージメントをひとりでしてみて、地域でひとりでやっていくことの荷の重さを実感しました。自分に何が足りないかを痛感し、同時にいろんな勉強にもなりました。学校という組織では「先生」としてやっているかも知れない。だけど、裸一貫、障害児教育のプロとしてのお前の実力はどうなんだと問われると何があるのか。学校の先生でなくなっても頼りにしてもらえるのか。「養護学校のセンター化」にはまだまだ時間がかかるでしょう。こんなふうに地域でひとりでやっていくことはないかも知れない。でも、確かな自分を感じながら仕事をしたい…誰だってそう思ってますよね。
■ポコ・ア・ポコ・サマーセッションで使った曲は、ミュージック・ケア(加賀谷式集団音楽療法)の曲、大滝昌之先生の曲、童謡などです。どの曲もそのときの状況に応じて使うことの見極めが大事であることを痛感。さらに、曲を熟知していること。子どものようすに応じてアーティキュレーションを自在に変化させること。でも、いちばん大事なのはその日そのときの子どもたちの文脈をしっかり読み、読み続けること。セラピストがセッションの空間のすべてを常に感じていること。それがあって初めて曲も生き、子どもたちとのやりとりができることになる。そして、状況にもよるが、言葉がけは最小限にして音楽そのもので子どもたちとやりとりすること。子どもを積極的に評価し、セッションのねらいや活動について、ヒューマニズムに立脚した上で理論的に説明して保護者と話し合いができること。もちろん発達と音楽についての知識は幅広く深くもって応用がきかなければならない。具体的にはいろいろあるがまとめるとそういうところか…。
■楽器はヤマハのEOS B2000にテヌートペダルを付けて使用。タッチは物足りないがサンプリングのピアノの音はたいへんきれいで深みもあり、セッション全体の落ち着いた雰囲気作りに大きく役立ったと考えています。しかし、弾いて歌いながら子どもたちひとりひとりに近づけないのはどうしようもなく、ひとりでセッションをするには大滝先生のようにエレキギターの必要性を痛感しました。そうそう、ピアノならやっぱりグランド・ピアノがいちばん。テクニックは必要だけどね。
■秋は私自身のスキルアップのための勉強が続くのでセッションはしばらくお休みとなりますが、音楽療法を志すみなさんとの勉強会はもちたいと考えています。
■今夜のNHK-BSの深夜放送でフレディー・マーキュリーとクィーンの特集番組があります。つい先日は『ボヘミアン・ラプソディー』の特集番組が再放送されたばかり。どうして今頃F・マーキュリーなのだろうと思いながらも録画予約しておこう!

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